「森」と「林」と「山」のあいだ
思考の森、学問の森、探究の森。私たちは「思考の林」とは言いません。栗林、屋敷林、防風林、街路樹。これらを「栗森」とは呼びません。同じ木の集まりを、なぜ私たちは呼び分けているのか。
山の捉え方には少なくとも5つある。そのそれぞれで、山の呼び名が変わる。施業地、林、森、山、森林、ヤマ。呼び名が変われば、扱い方も変わります。
山の値打ちの話ばかりしていると、たまに山そのものの話がしたくなります。
※ 各記事は準備中です。以下は掲載予定の内容です。
思考の森、学問の森、探究の森。私たちは「思考の林」とは言いません。栗林、屋敷林、防風林、街路樹。これらを「栗森」とは呼びません。同じ木の集まりを、なぜ私たちは呼び分けているのか。
山の捉え方には少なくとも5つある。そのそれぞれで、山の呼び名が変わる。施業地、林、森、山、森林、ヤマ。呼び名が変われば、扱い方も変わります。
冷蔵庫と包装フィルムが普及する前、食べものは木で包まれていました。
通気性があり、余分な水分を吸い、抗菌性があり、土に還る。プラスチックが持っていない性質ばかり。消えた技術を「懐かしいから」戻すのではなく、いまの課題に対して有効だから戻す、という話。
森の魅力や楽しさを発信したあとは、その反対も発信しないと気が済まない性分です。
山で最も危険な生物ランキング。堂々の1位は、クマでもイノシシでもなく、蜂。ちなみにツチノコは危険ではありません。毒キノコが「危険な植物」に入っていない理由——きのこは植物ではないから。
キノコは、漢字で「木の子」と書きます。では、木の子の親は誰なのでしょうか。
木=「の親」。森は、それぞれの子(キノコ)の親(木)でできている。実際には菌根菌と樹木の共生関係の話であり、この言葉遊びは生態学的にもそれほど外していません。
自然資本の上に、金融資本と人的資本がある。最近はよくそう言われます。そこにもうひとつ、文化資本を足したい。
自然資本と同じで、文化資本も収奪型・搾取型に扱うと毀損する。経木の技術も、養蜂の勘も、山の境の記憶も、すべて文化資本。使わなければ失われるが、使い方を誤っても失われます。
「山」の反対は何か。「谷」でしょうか。今日はあえて「海」、とりわけ「波」を取り上げます。
山師、山っ気、山を掛ける——不確実、賭け、自力で動かす。波に乗る、波に飲まれる——抗えないうねり。「海っ気たっぷりの海師」とは言わない。この非対称は何なのか。
株式会社やまもりは、こういうことを考えながら、山の値打ちを計算している会社です。